県立好生館病院へ電話した

多分佐賀県も
発表されるコロナの感染者や陽性の方の数は少ないけど
受診者や陰性の方や疑わしい方は沢山いらっしゃるだろう!

病院関係者は忙しいはずだし
命がけだろう


私は
ゴールデンウィーク明けに受診予約をしていた

病院へ行くのが怖いーーーーーーーーーーーーーー
なので
予約の延期をしていただいた
たった一週間けど

病院の方々は優しい対応をしてくださった
大変なのに


がーーーーーーー
仕事には行く事にした
これが生死の分かれ道かも解らない、、、、、、、
運を天に任せよう〜

肺病になった事
緑内障になった事

全て
真っ暗な闇に突き落とされるショックだった、、、、、、、
誰にもすがれない
助けて!とも言えない
自分の細胞に頼るだけだった


コロナが治まってまた明るい社会が蘇る事を願うのみ
今も
NHKで
「新しい生活を始めましょう!」

尾身 茂理事長と言う方が
会見されている

そうだ
これからは
コロナ前とは違う世界に生きるんだな〜

ワイワイお喋りしたり
中古の口紅もらったり
お弁当のおかずもらったり
もう禁止だなぁ〜

大嫌いな飲み会ももう無い!
他人さまがのこのこ家に上がって来る事ももう無いだろうなぁ〜

ちょっと寂しいけど
私はその方が良いなぁ〜
人付き合い下手だしーーーーーーー
食べ物の分け合いもっと嫌だし
手作りの頂き物ももっと嫌ーーーーーーー

新規に仕事が始まる
初日から休むのが怖い小心者だ
スタートは足並みを揃えたい、、、、、、、


あ〜あ
仕事辞めたい
のんべんだらりの残りの人生も
良いかも〜〜

母はいない
69年間母と共に生きた私は
その落差を
まだ受け入れられないでいる、、、、、、、





ゴールデンウィーク明けから仕事

大丈夫かな?
在宅ワークなんて無関係だし、、、、、、

丸々1ヶ月休みだった〜
あと1週間有るけど

休みになったその日の
4月7日に母は当然死んでしまった
その3日前に面会禁止の連絡を受けていた
それまでは家族だけは面会してよかった

5日の日
母が肺炎だと連絡があったけど
日曜日なので病院の方の診察は無いと聞いた
母もグループホームにいたいと言ったそうだ
その日も面会は禁止

6日は普通に仕事に行って
7日にまた肺炎だと連絡が来た
夕方6時
何故か胸騒ぎがしてグループホームに行った
でも面会は不可能だった、、、、、、
夕ご飯は食べたらしい
けど
何を食べたか???
母の食事に凄く疑問を持っていたけどもう遅い!

家に帰って
主人と食事をしながら
「母が死んでいってる」
と思った
死んでいくと思った
不思議な気持ちだった
その2時間後ぐらい病院から連絡が来た時は
もう虫の息だった
まもなく呼吸が止まった、、、、、、、



もう3日は四七になる、、、、、、、、
その間私は何も出来ていない
母の事を思い出すし
一番は体調が良く無いーーーーーーー
僅かな血痰が止まらなくなっていた
それを見ると
気持ちがドーーンと沈み起きている力が出ない
コロナ禍なので
持病とは言え恐ろしい、、、、、、、、


でも、だが、しかし
もう直ぐ仕事だと言う事は解るし
仕事に行こう〜!と気持ちが張り切るのか
段々体調が良くなってきた〜
体重も少し戻ってきた気もするし、、、


人間って不思議
どう神経が作用して
どう臓器を修復するのか???

神経が臓器を修復するのなら
コロナにも打ち勝つはずなのにそれは無いーーーーーーー。



あーーー
またつぶやいでしまった