父の命日

父が突然この世を去って
25年以上経つ

忘れもしないあの日のこと、、、、、、、、

父はもう夕食も済んで
グリーンピースご飯が沢山残ったので
私の長男に貰いに来いと電話をした、、、、、、

長男はいそいそと出かけ
お風呂上がりの父に会ったらしい

これから夕食なので
あまり話もせず帰りを急いだそうだ
それが最後ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

目に入れても痛くなかった
初孫との最後の別れーーーーーーーーーーーーーー

その一時間後ぐらいに
多臓器不全で父は倒れ
救急車の中で息を引きとった、、、、、
その時
私の膝に父の片足が力なく落ちてきた

余命宣告の無かった当時
父は私に聞いていた
「俺はもう死ぬのか?まだ生きられるのか?」
と、、、、、、、、
もう死ぬよ!
なんて口が裂けても言えなかった

でも
私は父の命を悟っていた、、、、、、、、、

突然死ぬのは如何に残念な事かーーーーーーーーーーーーーー
でも死の恐怖と向き合うのは??????

しかし
父の年齢に近くなった私は若い時とは死に対する気持ちは違う気がする
ましてや父は
癌と宣告されずとも
毎月検査を強いられた身
半分は死にも向かい合っていたと思う


父の身は無くなっても
その魂は浮遊しているかもと思うと
心でいつも謝っていた
「お父さん死なないよ!」
って嘘ついてごめん
私、裏切ってごめん

6月から7月に変わるのが悲しかった
父がだんだん遠ざかっていくようで

その年の今日
佐賀県は大雨洪水注意報が出ていた
なのに
父が実家に戻った時
黒い服を取りに自宅に戻る土手で
天に向かって叫んだ

「雨よ止め!」

雨はその時限り止んでしまった

人生で初めて経験した
「空梅雨」
人生で初めて経験した
最高温度38度


その前年は
3ヶ月近くシトシトと雨が降り続き日照不足で
米が育たなかった年だった

異常気象だったとは思うけど、、、、、、、、

不思議な経験をした
それから何回か
不思議な事があった、、、、、、、、

でも
あまり
公言はされないーーーーーーー


父と母はあの世で会えただろうか?


いまだに
「お父さん〜」
って泣く

お父さん
お父さん




マスクを色々沢山買ったなぁ〜

コロナウィルス
って
色んな事を変えてしまう、、、、、、

私は
服や装飾品が好きだった
多分生まれた時からずっとずぅーーっと今も死ぬまで

でも
我が身の辛さ
肺疾患の私
他人様はコロナなんて気にしないと
不必要な外出をしているのに
元の生活を取り戻せないーーーーーーーーーー

服が好き
アラコキになってしまった
もう
「ファッションの中心に位置したい」
という野望は化石になった、、、、、、、

時の流れは無惨

けれども
今ならまだ主人と少し身なりに気合を入れて食事に出かけられる
今ならじゃない
今だけかも、、、、、、、、
しかし
コロナが、、、、、、、、、、


肺疾患はコロナにかかればイチコロ
恐怖と暮らしている

「飛沫を防ぐ」
ただそれだけのマスク
ウィルスは通過する、、、、、、、、
ワラをもすがる思いでマスクにすがる
共に沈む

それでも
マスクを買う
必死で買う
新しい情報がネットニュースに流れると直ぐに買う!
多種多様に買う
銅、銀イオン、、、、、、、、

買うたびに悲しくなる
ファッションよりもマスク

マスク
マスク
勿論鼻栓も買う

あー
マスク
されどマスク

フェイスシールドも勿論作ったさーーーーーーーーーーーーーー