祖母の命日

今日は祖母の命日
お盆で忘れ去られる命日

祖母は亡くなるまで
デブだった

祖母も母と同じく
94歳で亡くなった
祖母はその時点迄認知症は出ていなかった

施設で大腿部骨折して
1ヶ月ぐらいで亡くなった
その間に
何と2回も手術をしたーーーーーー

一度目の手術の時
夜泊まる準備をして行った
やんわり断られた
病院側が看るから大丈夫です!
でもーーーーーー
看護婦室からモニターで見るだけ


祖母は
布団に下で縫った糸を引っ張って抜いていたーーーーーー
後はそのまま
1週間後のリハビリでか弱い看護婦さんが
デブの祖母を抱き起こし失敗
手術した骨が離れたようだ
見ている私は
祖母を起こすのは無理だと思ったのに

もう一度手術のし直し
それからは祖母は地獄のような痛みの日々だった

息子たちは遠方にしかいない
孫の私はどんなに一言言いたかったか!
「麻薬を使ってください!」
でも言えず
「兎に角痛みだけは取ってください!」
としか言えなかった、、、、、、、、

施設から転院した病院は新設で
経験も無い女医さんだった
私はヤブーーーーーーと叫びたかった

手術を短期で繰り返し
動く事も出来ず
私は撫でてやる事しか出来なかったが
痛み叫ぶ祖母を触るのが可愛そうで、、、、、、、

そんなある日
祖母は院内感染に罹り
病室を変わり
面会は白衣を着て、、、、、、
ばぁちゃん〜!
と言っても
段々みんなが先生に見えてきたようだ、、、、、、、、

亡くなる少し前
天井を指差すので
もしやお迎えなのでは???
と思って聞いてみた
「じいちゃん来た???」
祖母は
うん!
と答えた、、、、、、、
大恋愛だと知っていたので
「じいちゃんハンサムだった?」
と聞いたら
「そこそこにね」
と、、、、、、、、、、、、

亡くなる前の日
もう言葉も出なかったけど
帰るよと言った私の手をぐっと力を入れて握りしめた祖母

今も忘れられない
父が亡くなって2年後の事だった
祖母の味方は私一人だった
母はすごく冷たかった、、、、、、、、、、、


祖母の事を思うと凄く虚しい
第二の母のような
母よりも慕った祖母
なのに
母の存在の壁があって
凄く虚しい関係だった

思い出すと
心が痛い









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