家の中はガラクタだらけ

色々な方のブログをサーフィンしていると
家の片付けされている方が多い

捨てる物がこんなにある
公開されていると
笑ってしまう〜
家と同じーーーーーーーー!
って
同じ物があるーーーーーー!
って

皆さん主婦だから
服や台所用品の山

タッパーとかサジとか
呆れるほど
でも今捨てていらっしゃるので
凄く羨ましい
動かない
捨てない
開かずの扉を開けない、、、、、、、、、、


特に生協の会員の方は溜め込まれているようだ
あれはカタログ販売の落とし穴
だと思う
10年以上前
まだ近所でグループ購入していた時

皆さん
「押入れの中は要らない物で一杯」
って話されていた

カタログで見ると
凄く便利そうで騙される
1週間以内に注文しないと
次は製品がないかもわからない、、、、、、
そこが
カタログ販売の手ね

何年か前
テレビにも出られていらっしゃる片付けのプロの方の公演があった
「どこの家にもある根菜類の皮剥き手袋早く捨てなさい!」
と言われた
包丁一つで出来るし
台所に置いているのも邪魔でしょう〜
って
笑ったー
直ぐに捨てた〜


食品だって
必要な物を毎日買えばいいのに
今はコロナで考えもの?
でも
結局日配ものはそんなに溜め込めないし


私もブログの皆さんのように
開かずの扉を開けて捨てなければならない
気が重い
その中の
カビやホコリがなんか肺に悪い気がするし

誰か見てないから捨てて下さい〜
って
心の叫び


買うことは簡単なのに
捨てる事は難しい、、、、、、



祖母の命日

今日は祖母の命日
お盆で忘れ去られる命日

祖母は亡くなるまで
デブだった

祖母も母と同じく
94歳で亡くなった
祖母はその時点迄認知症は出ていなかった

施設で大腿部骨折して
1ヶ月ぐらいで亡くなった
その間に
何と2回も手術をしたーーーーーー

一度目の手術の時
夜泊まる準備をして行った
やんわり断られた
病院側が看るから大丈夫です!
でもーーーーーー
看護婦室からモニターで見るだけ


祖母は
布団に下で縫った糸を引っ張って抜いていたーーーーーー
後はそのまま
1週間後のリハビリでか弱い看護婦さんが
デブの祖母を抱き起こし失敗
手術した骨が離れたようだ
見ている私は
祖母を起こすのは無理だと思ったのに

もう一度手術のし直し
それからは祖母は地獄のような痛みの日々だった

息子たちは遠方にしかいない
孫の私はどんなに一言言いたかったか!
「麻薬を使ってください!」
でも言えず
「兎に角痛みだけは取ってください!」
としか言えなかった、、、、、、、、

施設から転院した病院は新設で
経験も無い女医さんだった
私はヤブーーーーーーと叫びたかった

手術を短期で繰り返し
動く事も出来ず
私は撫でてやる事しか出来なかったが
痛み叫ぶ祖母を触るのが可愛そうで、、、、、、、

そんなある日
祖母は院内感染に罹り
病室を変わり
面会は白衣を着て、、、、、、
ばぁちゃん〜!
と言っても
段々みんなが先生に見えてきたようだ、、、、、、、、

亡くなる少し前
天井を指差すので
もしやお迎えなのでは???
と思って聞いてみた
「じいちゃん来た???」
祖母は
うん!
と答えた、、、、、、、
大恋愛だと知っていたので
「じいちゃんハンサムだった?」
と聞いたら
「そこそこにね」
と、、、、、、、、、、、、

亡くなる前の日
もう言葉も出なかったけど
帰るよと言った私の手をぐっと力を入れて握りしめた祖母

今も忘れられない
父が亡くなって2年後の事だった
祖母の味方は私一人だった
母はすごく冷たかった、、、、、、、、、、、


祖母の事を思うと凄く虚しい
第二の母のような
母よりも慕った祖母
なのに
母の存在の壁があって
凄く虚しい関係だった

思い出すと
心が痛い