69歳の誕生日だった

今日は私の誕生日〜 と言っても何も無い、、、、、、、、 無事69年間息が出来た おめでたい〜 呼吸器を患っていると 無意識に息が出来ることほど嬉しい事は無い 本当は母に報告に行きたかった 69年前 父と母は私の誕生を喜んでくれただろうか??? 実は父は 私が女の子だった事に不服だったと 母が少し認知症になった時に漏らした、、、、、、 正常な時は禁句だったに違い無い 男尊女卑の時代ーーーーーーー 主人と新しい炬燵を買いに行ったので疲れて 安静にしていた ユニクロにも行った〜 ユニクロのレジって慣れないと面倒??? 携帯のアプリをかざして、、、、、、 これからはレジはみんなそうなるのだろう セブンイレブンも レジは無くなるらしいし 来年は車も自動ブレーキをつけなければならないようだし 4年後には空飛ぶ自動車が出来る 私達は段々と黄泉の世界への階段を上がって行っていると言うのに 炬燵が壊れて一週間 何かと寒かった 壊れた炬燵は 弟が大学進学した時の物 それを私が貰い受けて婚礼道具に入れた 50年前の炬燵だった 家には大きな炬燵は有るけど 75センチ角のその小さい炬燵が夫婦二人にピッタリ〜 雷鳴轟く12月1日 これから スーパーで買った誕生ケーキタイム〜 ふふふ! お似合いさ〜
posted by アズキの母 at 19:30Comment(0)

今日は誕生日

一回もブログで誕生日って言った事は無いぁい~ 私人様に おめでとう~!って言えるけど その逆がとても無理ーーーーーーーーーー! 同じような心境で 人様にプレゼントは出来る けど 頂く事に対処出来ない性格だった、、、、、 頭を下げられない卑怯者??? とも取られる が、、、、、、、、、、 今分析してみると 母の愛情に餓えていた私 何かをすると厭味を言われ弟のしたことを良し!とされ 母に冷たい視線を送る祖母に頼ろうとすると 祖母は娘は母親の味方だからと 弟を可愛がる、、、、、、、、、、 幼い頃から そんな冷たい境遇の中にいた私 それをビンビン感じる幼児だった だから 赤の他人様から優しくされると涙が出そう おめでとう~なんて言ってもらうと 心の置き所が解らない、、、、、、、、、、 ただ頂き物は 少女漫画で勉強した 要りません!って言わないで 「ありがとう~!」って受けとった方が良い! と、、、、、、、、、、 そしてその場で開けても良い! と、、、、、 A型で生き方下手くそな私 ありがとう~!ってすぐに受けとると 図々しいときもあるかも知れない、、、、、 そこは天然だから人の心の奥は読めない でも何でも頂く事にしている~~ 誕生日を人様にあかさないのはそんな卑怯さ だった でも 今日から66歳! 素直になろう~~ 逃げないで何でも受け止めよう! スーパーに開店と同時に着いて 佐賀の銘菓を沢山買って 母の施設に行った 母だけじゃなく入所者の皆さんにお菓子を食べて頂こう~ と 母の部屋で母一人にお菓子を食べさせると 長年の勘で感じる方もいらっしゃるし 母に 「66年前の今日凍てつく寒さの中で生んでくれてありがとう~」 って言いました 母は 今日は12月1日?? って聞きました 後でお菓子を貰って食べてね~! って帰って来ましたが はたして貰えたか????? 佐賀県も私の子供の頃は寒かった 薪を積んだ小屋にはツララが下がっていた 薪でご飯を炊きおかずを作っていた あの日本昔話に出てくる竃で、、、、、、 一度雪が降ったら東西に伸びる道は一週間は解けなかった 自転車で中学校に行くと手がかじかんで1時間目は字が書けなかった 手がかじかむ→手がコシケル そんな佐賀弁もう死語だろうなぁ~ あっ!薪って佐賀では言いません! そのものズバリ 「炊きもん」と言ってました 炊きもんは大きく火が点きにくく 最初は新聞など紙類を燃やしそのあと小枝を燃やし 火の勢いが増して来ると炊きもんで火力を上げていたと思います? 小枝は「びゃぁら」と言っていました 田舎の人達は 山に びゃぁら取り や炊きもん取りに 行くのは女性の仕事でした、、、、、 体の弱い祖母や母は大変だったような??? 体は強いのに更年期障害にやられていた気がします 大きな木の車の付いた「シャリキ」 や自転車のタイヤのような物の付いた「リヤカー」 で~ リヤカーって英語だったんですね? 子供の頃みんなで笑いました~ 古きよき昭和 女性にとっては今の人と比べられない辛い時代 誕生日で思い出しました~~! 母にも会って来たし 心が少し緩みました~! ホッ~!